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失われた時を求めて

Oct 07, 2024 book

注意

このポストでは『失われた時を求めて』の内容を盛大にネタバレしています。ご注意ください。ただ、作品中に現れるシーンを見てしまったから、話のあらすじを知ってしまったからといって、作品を読む楽しさが失われるようなものではないので、別に読んでしまっても問題ないのではないかと思ます。

ゲルマントの方

『スワン家の方』、『花咲く乙女たちのかげ』にに続く第 3 篇の『ゲルマントの方』、プルーストの筆は絶好調。例えば新しい家での生活が始まると、家にある調度品がみんな語りかける始末。彼の頭の中の妄想が止まらない感じです。

第 3 篇の「ゲルマントの方」では、ゲルマント夫人が開くパリのサロンが舞台。「フォーブール・サンジェルマンきってのサロン」という表現がありました。このフォーブール・サンジェルマンはパリのセーヌ川の左岸(南側)で当時の社交界のトップはここらへんだったよう。エッフェル塔・アンバリッド・オルセー美術館がある辺りです。

主人公はこの社交界に招かれたいという思いがある一方で、実際にサロンにいった主人公はそれを喜ぶ様子もあまりなく、むしろそこにいる人々の態度を風刺的に見ているようです。このサロンの人物描写が数百ページに及び、読み続けるのはなかなかの苦行です。

『ソドムとゴモラ』

第 4 篇は「ソドムとゴモラ」。怪獣映画のタイトルのようですが、ソドムとゴモラも旧約聖書の出てくる街の名前です。

このソドムとゴモラ、文庫本だと 2 冊に渡りますが同じような内容がずっと続き、読むのはなかなか大変でした。

最初の 150 ページほどは「ゲルマントの方」とほぼ同じくサロンでの人物観察が延々と続いています。読み慣れて来たのでこれがいくら続いたって大丈夫ですが、「いつテーマが変わるの?」という気持ちが拭えません。 プルーストが人々を見る時、それぞれの人の良いところを見て表現しようという気持ちはあまりないんだろうな思うのであまり興味をそそらないんですよね。

上巻の真ん中あたりでアルベルチーヌがまた現れます。読書メモを振り返ると私にとってはゲルマントの方を読んでいた 5 ヶ月前以来の再会です。彼女が登場しただけで空気ががらっと変わったのがとても面白いです。

後半は場面転換して、『花咲く乙女たちの影に』の舞台だった海辺の保養地バルベックに戻ります。アルベルチーヌと若い女性との関係に猛烈に嫉妬する主人公。でもその多くは主人公の頭の中ででの妄想で、アルベルチーヌにはそんなに伝わってないのだろうなと。

下巻に入ってからは比較的調子よく読めました。今まではサロンでの人間観察でしたが、バルベックに舞台を移ったからも運転手やホテルのエレベーターボーイやら、いろんな人の人間観察が続いています。同じような感じですが、サロンから出たあとの人間観察は意外と面白かったりします。「ソドムとゴモラ」の後半、アルベルチーヌのことがずっと書かれていますが、言葉が溢れ出て止まらないような書きっぷり。プルーストの文章も谷崎潤一郎ばりに文章が長いですが、「ソドムとゴモラ」の解説によれば「失われた時を求めて」の最も長い文章は 523 ワードもあるそうです。

巻末の解説によれば、「『失われた時を求めて』のかけがえのない功績は、風俗小説と心理小説を綜合したところにある」とあり、なるほど、そういう風に説明すればよいのかと納得しました。

『囚われの女』

ソドムとゴモラの次の第 5 篇「囚われの女」も文庫で上下 2 冊です。 ここで「囚われている女」は、アルベルチーヌのことなのですが、本編でアルベルチーヌの名前が何度出てくることでしょう。また、眠るアルベルチーヌに執着している主人公がいるのですが、その執着ぶりや表現は、谷崎潤一郎作品での女性の描写に通じるところがあります。実は囚われているのは寧ろ彼(主人公)の方なのではないかとしかいいようがありません。

パリでの夜会のシーンがとても多く描かれています。そのパリのサロン文化が華やかだったのが第1次世界大戦前のベル・エポックの時代。サロン文化だけでなく、印象派をはじめとする芸術家、パリ万国博覧会、鉄道、エッフェル塔など科学技術の発展と、パリが華やかでポジティブな混沌の時代だったのかもしれません。ベル・エポック(Belle Époque)とは「(古き良き)美しき時代」という意味なんですね

プルーストはこの『囚われの女』を出版する前に亡くなってしまったので、ここからは完成形ではないものだそうです。

失われたお菓子を求めて

『失われた時を求めて』と言えばマドレーヌですよね。でも、この大作中にはマドレーヌ以外のお菓子も登場してきて、「マドレーヌ以外の話!」と嬉しくなってしまいます。

まずは、アルベルチーヌが語るアイスクリーム。ルバッテ・ポワレ=ブランシュ・リッツといったパリの有名店のアイスクリームが食べたいわという彼女。しかし、プルーストは筆が止まらなくなってしまい、アルベルチーヌは言葉をこれでもかと飾り付け大げさにアイスクリームへの賛辞を語ります。この日のプルーストはふざけたくてしょうがなかったのでしょう、とても楽しそうな戯れでした。

バルベック

プルーストの「失われた時を求めて」ではバルベックというフランス北部の海岸沿いにある架空の町が何度か舞台となります、そのシーンでは度々「軽便鉄道」が登場しますが、この軽便鉄道は元のフランス語では”le petit train”です。パリなどとの大都市へ繋ぐ幹線ではなく町の近郊を走る線路の幅の狭い鉄道のことです。

主人公とプルースト

この超大作『失われた時を求めて』の主人公の名前はご存知ですか?彼の頭の中に我々はずっといるのですが、アルベルチーヌやその他の人たちがこの主人公に呼びかけることはほぼありません。

ですが一度だけ(多分)、名前を呼びかけられるところがあります。アルベルチーヌが目覚めた時に「あたしのマルセル」と語りかけるのです。語り手の名前はプルーストと同じマルセルか?と興奮しました。

でも、その直前にこんな一文があります。「もし仮にこの本の作者と同じ名前を語り手与えたとしたら」ということで語り手の名前はやっぱり明かされていませんでした。

プルーストはこの作品を執筆するために人生のすべてを捧げました。

この仕事(失われた時を求めて)に集中するために、1910 年、世間から引きこもることを決意した。ほとんどの時間をパリの自宅アパートにある有名なコルク張りの部屋で過ごし、日中は寝て、夜に仕事をした。外出をするのは、全身全霊を捧げている作品のために、事実やイメージを取材しにいく必要があるときだけだ。

人生と引き換えに「失われた時を求めて」を産み出したということですね。

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