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落日燃ゆ
太平洋戦争に至る昭和初期、外務省の官僚として活躍した広田弘毅の一生をテーマにした歴史小説。面白い作品だったのですぐに読み終えた。

広田弘毅は、外務官僚から外務大臣、そして首相にも就任するが、その間日本は戦争へと突き進み、終戦後は文民唯一のA級戦犯として戦争責任を問われ絞首刑に処せられた。

戦争責任について一切の自己弁護をしないことや、生死感についての潔さなど、広田の一生も興味深いのだが、それよりも日本が戦争に雪崩れ込んで行く有様を事細かに知ることができたことが大きな収穫だ。広田は協調主義とし、松岡洋右や吉田茂、幣原の評価には著者の主観が入っていると思うが、この小説では戦争への道のりは何に原因があったかという主観を押し付けず、起こった出来事を順に淡々と述べているので、戦争がなぜ起こったかということを考えるいい素材であった。

まず根本的な問題は軍部を内閣がコントロールすることができず、軍部が徐々に暴走していったことだ。「統帥権の干犯」問題だけではなく、海軍大臣、陸軍大臣は、軍人でなければならないという制約を盾に、大臣を出さなかったり、辞職したりすることで、内閣を辞職に追い込むことができることも見逃せない。これによって内閣は軍部の顔色を常に伺う必要ができてしまった。

次の問題は、大正・昭和初期に掛けてのテロ行為で、こちらは教科書でそれぞれの個別の事件としては知っていたが、かなりの頻度で政府要人が軍人によって暗殺されている。そして、その行為はあまり強くは罰せられなかったこともあり、これも軍部が政府のコントロールを受けなくなった理由の1つだと思う。2・26事件、5・15事件、3月事件、東京駅での浜口首相暗殺事件など、首相などが殺されてしまうなどというのは安定した国内情勢とは言えない。

軍国主義化していくのはこういった事情からだと思うのだが、戦争に突入した理由はこれだけに留まらない。中国北部に進駐していた関東軍は、陸軍の中枢からのコントロールさえ利かない状況にあり、どこからの命令も受けずに勝手に紛争を勃発させてしまう。陸軍、内閣、そして天皇からもコントロールされない状況で、もはや国の体を成していない。この関東軍が、何度も戦争への引き金を引き、とうとう後戻りできないところまで行ってしまうことになる。

一方で意外だったのは、日中戦争、太平洋戦争につながる道のりの大部分では、後戻りや妥協の余地が多分にあったことだ。国際連盟脱退した後も国際的に完全な孤立といった感じでもなかったようだし、中国を巡る列強との対立ももうどうしようもないところまではいっていなかった。

もう1つ興味を惹いたのは日独伊三国同盟だ。日本政府はもともとアメリカとの対立は常に避けようとしていたにも関わらずこの三国同盟がアメリカとの戦争に巻き込まれる一因でもあった。なぜ、こんな同盟を結んだのか、というとソ連の存在が浮き上がってくる。第二次大戦後、ソ連の影響で、各地で共産主義政権が誕生し、東西の対立が際立ってくる。これは戦後の出来事だと思っていたが、そうではなく、ソビエト誕生から、共産主義化の脅威というのは各国にあり、日本もその例外ではなかった。三国同盟は、もともと防共協定として始まったわけで、ソビエトの脅威を取り除くために締結された。ソビエトに対処しようとして、アメリカを敵に回してしまったわけである。

最後に外務省。広田をはじめ、幣原や吉田茂など戦前の外務省は首相級の優秀な人材が揃っていたようだ。外交に国家の命運が掛かっていたからこそだろう。戦後それがなくなってしまったのは、それほど外交が重要ではなかったということなのかもしれない。

色々考えさせられる本であり、面白くもあった。しかし、お薦めの1冊に入れるのは躊躇する。というのも、どうも筆者の人物評価があからさまであること、つまり、善人、悪人の区別があまりにはっきりしていること、伏線としているエピソードが、伏線として提示された時点でそれの使い道が分かってしまうこと、そして、調べ物をした上で書かれたというエピソードをつなぎ合わせた感じが、作品としての出来映えの印象を今ひとつなものにしてしまった。もちろん、面白いし、読む価値はあるけれど、単に文学作品としてはあと一歩だ。

「落日燃ゆ」
城山三郎
新潮文庫

(2006/9/16)

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