司馬遼太郎による歴史小説、もちろん主役は坂本龍馬。全八巻。
読書感想文というより、読んで考えたことを書こうと思う。
この作品で初めて知ったことが多かった。というのも特に幕末日本に興味を持っていたわけでもなく、教科書ではほんの数ページで明治維新が起こる。江戸幕府が倒れ、明治政府が樹立される過程の出来事がどのように連鎖しているのかがこれを読んでよく分かった。
小説の雰囲気はいかにも司馬遼太郎的。悪く言えば登場人物が他の作品の登場人物に見えたりもするが、安心して読めるという言い方もできる。この作品の序盤の2~3巻は坂本龍馬のユニークな人物像が描かれ、後半に進むに従って龍馬というより、彼を取り巻く人物にスポットライトがあたる。
書き進めていく前に1つ注意しておかなければならないことがある。これは100%事実かどうかは分からないということだ。これは歴史小説であって歴史の記録ではない。もちろん、司馬さんの文章を読めば、かなりの調査研究がこの作品の裏にあることは間違いないが、どこまでが事実で、どこまでが想像なのかは分からない。また人物の描き方や事件の捉え方には司馬さんの主観がある程度入っていることは考慮しておくべきだろう。こうはいっても大きな出来事の背景はおおよそ正確に捉えられていると思うし、大局観を掴むという面ではほとんど問題にならないと思う。歴史書なんて、その時代の大勢によって捉え方が違ってしまうことも事実。まあ、あまり気にしなくてよいはずだ。
<鎖国>
江戸時代といえば鎖国政策なのだが、幕末になるとその鎖国政策は随分緩んでいる。幕府は外国からの圧力によって開国の方向に向かっているし、各藩も官吏を外国に密航させたりしている。外国からの技術導入もどんどん盛んになってきてる。もはやなし崩し的に鎖国は解けつつあった。幕末の志士たちが、外国の事情を知っているということにも驚く。
倒幕運動が起こった背景には西洋列強によるアジア各国の植民地化に対する危機感があったといえる。特に中国の清がイギリスなどによって植民地化され搾取される様子を知った当時の日本人は、幕府の弱腰な政策によって日本が乗っ取られてしまうことに危機を覚えた。ならば江戸幕府を倒し、より強い政府をということになる。
日本独特の政治システムだが、武士による幕府はいずれも征夷大将軍という職を天皇から任命されることによって日本を統治する形を取った。もちろん、いずれの時代も将軍が絶大な権力者であり、天皇の勢力がそれを倒せるようなものではなかった。しかし、外国と違って、鎌倉時代に権力を失った天皇家が消し去られることなくひっそりと続いていた。しかし、鎖国が崩れ外交が必要になってきたとき、この二重権力構造のため、幕府には条約などを結ぶ権利がないということになってきた。これも不思議な話だが、そのために幕府は身動きが取れなくなってしまったともいえる。ここで俄かに天皇の存在の重要度が増してくる。
<尊王攘夷>
歴史の教科書にのっているのは「尊王攘夷」運動で幕府が倒されたということであるが、この言葉は「尊王」というのは天皇を中心にした政府を作り、「攘夷」は外国を打ち払うという2つの部分から出来ている。これに対する勢力は「佐幕」(幕府を支え)、「開国」論だ。となると、あれ?と思ってしまう。明治時代になって鎖国が解け西洋文明が流入して開国したじゃないかと思うが、スローガンは「攘夷」だ。このねじれも学校では説明されていなかった。
<幕末の舞台は江戸ではなく京都だ>
徳川幕府の政治の中心は江戸で、明治政府になって東京が首都になった。だから幕末の出来事は東京で起こったとてっきり思っていた。しかしそれは間違い。桜田門外の変でこそ江戸で起こった出来事だが、その後のほとんどの出来事は京都で繰り広げられる。14代将軍家茂は長州征伐の指揮を執るために大坂に来てそのまま滞在するし、最後の将軍慶喜もそう。大政奉還は二条城で発表されている。諸藩は京都に藩邸を持っていて、竜馬をはじめとする志士たちは京都の町を奔走する。そしてここに幕府側として新撰組が登場する訳だ。なるほど修学旅行で行った京都で新撰組グッズが売っていたのはそういうわけだ。倒幕運動の中心が京都でありその倒幕派の弾圧が彼らの役割であったのだから当然とも言える。
<明治維新>
普通外国で政治体制が大きく変わるときは大抵は革命という歴史上の出来事が起こる。しかし、江戸幕府から明治政府への政体の移行は革命という形にはならなかった。それは大政奉還という政略が成功したからである。つまり、江戸幕府が倒される寸前に、徳川家が幕府を止めますといって放棄してしまったことで、幕府は武力で倒されることはなかった。これも外国では起こり得ただろうか?この大政奉還が可能になったのも、日本独特の政権を預かる形が関与しているのだろう。外国であれば新しい征服者が前支配者を追い落としてようやく革命が完了するのだと思うが、徳川家は責任を問われず貴族として次の時代も続いていくことになる。
もう1つ面白いことは、幕府を倒そうとしていた動機だ。普通なら権力欲によってそれが行われるものであろう。日本でも天下統一を目指した戦国時代があったし、それを勝ち抜いたものが支配者となった。しかし、この倒幕運動の場合、薩摩・長州などの志士たちは支配者になろうと思っていたようには思えない。どこぞのCMではないが、「幕府に任せておいたら日本は駄目になってしまう。」という危機感、使命感によって動いていた。坂本竜馬に至っては政権交代が成ったとき、政府に入ろうさえしなかったわけだ。また、明治政府の頂点に据えられた天皇が自ら幕府を倒そうと決意したわけでもない。明治政府は、薩摩・長州などの諸藩が天皇を担いで樹立したものなわけで、そういった面もユニークだと思える。
<長州>
幕末日本の鍵を握った藩の1つの長州だが、薩長同盟が鉄の同盟関係であったわけではないことに驚いた。吉田松陰を筆頭に勤王運動の盛んだった長州だが、蛤御門の変(この蛤御門も京都にある)で、御所に向けて大砲をぶっ放したとか何かで朝敵のレッテルを貼られる。勤王のはずなのにである。それを倒すべく幕府は軍勢を率いて長州征伐に向かうのだが、足並みの揃わない幕府軍は結局2度の遠征に失敗してしまう。もはや西国の一藩を武力で制圧できなくなってしまった幕府に将来がないことは明らかだ。
長州と薩摩の同盟を斡旋したのが坂本龍馬だということも興味深い。お互いの藩の疑心暗鬼の様子はこの小説にうまく書かれている。
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