今回の宮本輝の「海岸列車」は上下巻に分かれたかなり長い作品だった。
いつも長編小説を読むと、登場人物が何処の誰だか分からなくなってしまうことがしばしばあるので、ふと名前を書き落としてみることにした。そしたらとても面白かった。興味深かった。
1つ良く分かったことが、長編小説は読者が見ている場面というのが、2人以上の人間の視点(心の中)であって、現実には起こりえないこと。ある部分は、主人公の一人の女性。そして、別のところでは男性。この2人の人の視点を行ったり来たりしながら話が進行していくわけで、これが読んでいてドラマ的に感じる理由だったみたい。
次に主役以外の登場人物の性格づけは初めて登場の時にかなり詳しく行われている。そして、それ以降もその人物の行動は、その性格から外れない行動をとっているということを考えると、ストーリーを編み込んでいくときには、かなりの下準備が必要なんだなぁと感じた。
1つだけ、現実世界と小説の世界で違うところは、この主役以外の登場人物が、とても複雑にお互い関係し合っている点。この理由は多分、登場人物の数をある程度絞っていかないと、それこそ誰が誰なのかわからなくなり、その人物の登場の必然性の裏付けがなくなってしまうから。現実には、自分のまわりにいる人たちに、登場の必然性などないはずだから。すべてが偶然の成り行きで成り立っていると思う。
色々な人の視点を渡り歩くことなく、1人の人間の視点を常に取りつづけると、それは自叙小説となるようだ。この場合、作家の個人的経験をベースにした、現実味の濃い作品になる傾向があるように思う。
で、この話に限った感想としては、不倫などがファッション化していたことに対する作者の反感というか、不快感が現れているよう。登場人物の言葉として、中にところどころあわられるけれど、読んでいて、作者の言葉に見えた。
あー、こんなこと、高校生の時書けてれば、読書感想文、楽しかったんだ。高校生の頃は、読書感想文が苦手で、毎回「わけわからん、つまらなかった」というような感想ばかりしかかけなかった覚えが。だからとても課題図書が嫌だったのだけれど、今思えば、主な有名な作品は一通り読まされていたから、あ、あれか、と大抵のものは分かるのは、ありがたい。
2000/06/14
