海になみだはいらない
「少女の器」以来、久しぶりの灰谷健次郎の作品を読みました。タイトルに心を引き寄せられるものがあり読み始めると、今回の主人公は田舎の半農半漁の村の少年で、ある一夏の想い出を小説にしたものでした。
前回同様、子供の視点からみたものだけれど、子供には子供なりの社会があり、彼のまわりを色々な出来事が巡っていき、喜んだり、憤ったり、悲しんだりととても生き生きした話でした。
子供の視点だということは、文章の表現の仕方からもわかります。多分意図的にやっているのだと思うけれども、ひらがなを重視した文章で一貫しています。同じ文章でも、漢字を並べて固い言葉で書くのと、やさしいことばをくみあわせるのとでは、だいぶ感じ かたが違いました。
特に教訓めいたものを書いているわけではないけれど、普段の自分の生活にはない、別の生活というものを感じられて、妙に心が潤うような感覚がありました。
ちょっと気になったフレーズにこんなのがあります。
「しょうこのために、おじさんもおばさんも、このかよも、とても苦労したといえなくもないんだけど、ほんとうはしょうこがいたからこそ、わたしたちは強くて明るい人間になる努力をつづけられたというわけよね。しょうこはわたしたちの家のたからものなのよ」
こういう言葉の積み重ねが、潤いのもとなのかなとも思ったりしました。
おじいさんと少年というペアがこの話の重要な部分を占めているのだけれど、そのおじいさんが亡くなるところで物語は終わります。でも、この終わり方がちょっと唐突な感じがしたのは、きっと物語の世界に吸い込まれて、これからこの少年の生活をもっと見てみたいと感じてきたところで、急に終わってしまったから残念だったからだと思います。本当はもっと読みたかったな。
2001/06/12
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