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海と毒薬
第2次世界大戦中に九州のF市の病院で行われる生体解剖を中心とした物語。

生体解剖という行為に加担することになる若い医局員が主要人物であり、その彼らがどのようにそこに巻き込まれていくか、そしてその後の葛藤を描いているのだが、この物語の面白みはそこに留まらない。

日本本土が空襲に晒される終戦間際では、毎日のように人が亡くなっていく。そのことが人の死というものを麻痺させていってしまう。人間の倫理観や感情というものは、その状況によって大きく変わってしまう。戦争中に敵の兵士を殺しても犯罪にはならず、普通ならばそんなことをしない人ですら殺人に関わらざるをえなくなってくる。そういった環境になってしまうと、今でこそ生体解剖と聞けば背筋が寒くなるが、環境次第では医師はそういったところまで突き進んでしまう可能性がある。

もう1つの注目点は、病院・医師の世界の歪みだ。「海と毒薬」は「白い巨塔」よりも前に書かれたものだと思うが、大学病院の教授たちの行動はまさに「白い巨塔」に通じるものがある。閉鎖的な社会での権力争い、死に対する感覚の麻痺から、医者たちはおかしな方向へ暴走する。

物語の描写は静かに淡々と進められているが、そこに重み、凄みがある。捕虜の生体解剖の部分よりも、実はその前に起こる、重要患者の簡単な手術がミスによって失敗し、その隠蔽が行われる部分はとてもよく書けていると思う。最近のミステリーのように単なる残酷な表現をするのではなく、静かに情景を描き出すことで、その背後にある問題の重要性を訴えているようだ。

作品自体はやや短めで1日で読める。遠藤周作にはほかに代表作があるけれども、僕は「海と毒薬」が今まで読んだ遠藤周作の作品の中ではダントツに評価できる。お勧めの1冊だ。

(2004/10/22)






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