マキアベリの
君主論が意外に読みやすかったので、再度哲学書を読んでみることにした。今回選んだのはデカルトの方法序説である。
高校の倫理の授業でデカルトなる人物の存在とその著書「方法序説」の名前は知っていたが、内容については教科書の数行でしか知ることができず、またそれすらも忘れていたからまったく無知だといっていいほどの知識しか持ち合わせていなかった。
まずなぜ「方法序説」というタイトルなのかが気になっていたのだが、その命名の理由が大体分かったことは収穫だった。「方法」は「考えるための方法」で、「序説」というのは、この書き物が他の3つの論文と共に1つの書物として出版され、その序論となっていたからである。したがって、これはデカルト流物事の考え方といっていいのかもしれない。
恥ずかしながら1回読んだところで今ひとつ理解できていない感じがするのだが、感じたことはいくつかある。デカルトがとても極端なところをスタート地点として、難しいことを考えるようにしたことが興味深い。また、彼の信仰心がとても強いことも感じられた。
そして大変な勉強家であり、あらゆる学問を習得した後にこれを書いているというのが説得力を感じさせる。実際、各分野で随分な業績を挙げているのだから、並大抵の人間ではなかったことが窺い知れる。
書かれた時代が1600年代という時代背景のせいか今ひとつ納得いかないところもある。動物と人間はまったく異なると言っているが本当にそうなのかとか、世界(宇宙)の始まりが神によって用意されたと言い切ってしまうところなどは、20世紀、21世紀の最近の理論等をデカルトが見ていたら、どう言ったのだろうと思ったりするからである。イルカはお互い喋っているらしいし、感情もある。エサを海水で洗って塩味をつけて食べるサルは、その知識を代々受け継いでいる。文字こそ無いがまったく考えていないわけではなさそうだ。
哲学書を読みつつこんなことを言うのもヘンかもしれないが、少し哲学的な話は横においておいて、面白かったのは考え方の4つの規則のうちの1つ、「難しい問題を複雑度の低い小さな部分の問題に分割する」ということだ。プログラミングで見られる分割統治法を述べているのだと思うが、改めてデカルトの口からこれを聴くとなるほどやっぱり重要なテクニックなのだなと感じる。プログラミング以外にも活用すべきかなと思った。
次に面白かったのは、彼の処世術である。「違う文化を見るべし」とか「常識を無条件に受け入れるな」とか「穏健派たれ」などの方針は一方で極端な意見を述べるように見える人物の言葉にしては面白い。非常に合理的な人なんだなというのが実感である。
自分のやりたいことをやるために邪魔なことはなるべく最小限に抑えたいというのが見て取れて、とても人間的な一面が見られた気になる。
この本の最後の方でガリレオの地動説にまつわる裁判の話が登場している。解説も読んでみると、ガリレオの宗教裁判がデカルトの生きている間に行われていて、その影響で最初の出版をためらったようだ。彼は信心深いように見えるのだが、当時の教会勢力が考えているのとは違うことを考えていたようだ。非常に微妙なバランスで書かれている本である。
(2002/10/20)