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怒りは水のごとくに
灰谷健次郎の作品には好きなものが多いけれど、エッセイ集はどうかなと思うことが多い。この「怒りは水のごとくに」もそうだった。

教育問題に憤りを持ち続けていたことは間違いない。作品では優しい視点でそれを述べているのだけれども、エッセイとなるとそれが直接的な憤慨となって現れてしまう。もちろん、教育が問題なのは明らかなのだけれど、それを読んでも他の多くの評論家が「だからダメなんだ」といっているのと同じくあまり力を持たない。

大量消費社会を批判し、自然と解け合った生活をする。島で自給自足の生活をする。彼はそれを実践した。これも悪い事ではないことは良くわかる。でも、一方でみんながそうすることもできないだろうとも思う。

世界には競争がある。他国との競争に遅れをとることは、落ちぶれて行くことを指す。他国に売って行くものがなければ安い労働力を提供するだけの搾取される対象になってしまう。外とのつながりのある世界で生きて行こうとするのであれば、常にこの競争に全力で参加していなければならない。

もう1つは発展の追求を止めるとして、どこで止まるべきなのかだ。100年前ぐらいで良いのか、もっと戻るべきなのか、原始的な生活をすべきなのか?都合良く現代のテクノロジーを利用するのは良いのか。

完全に外界とは切り離された社会で自給自足の生活をするのならばよれもよいだろう。ジャングルの奥地の原住民の部落などはそうなのだが、それらも否応無く現代社会と繋がらざるを得なくなったときに悲惨な話に枚挙が無いことを考えると、どうもうまく行かない気がする。

地球環境や地球資源が永続的に持つようにするのは歩みを止める事ではなく、むしろテクノロジーで解決していくべきだと考える。

最後にもう1つ気になったのは灰谷健次郎が北朝鮮を訪問したときの手記だ。社会党支持者だったこともあってか、町の様子や人々をとても好意的に書こうとしていることが見て取れるのだが、あの国の現状を考えるととても無理があるように思えた。また先ほど述べたのと同じく、国際社会の発展から遅れをとった国がやっていけるのかというのは、この国を例に考えてみれば、やはり非常に疑問が残る。

怒りは水のごとく流れていっていない。とても煮え切らない後味が残った。灰谷健次郎の作品を好まない人がいるのも分かる。
(2007/07/05)

「怒りは水のごとくに」
灰谷健次郎
角川文庫
495円



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