ローマ人の物語 
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塩野七生「ローマ人の物語」が文庫化され新潮文庫から出たので、試しに1冊買ってみた。

数千年前にローマ帝国が興隆を極めたのは誰もが知るところだが、ローマ帝国に関する知識といえば、シーザー、ローマ風の鎧兜、剣闘士とコロッセウムといった表面的な事柄しか実は知らないのではないだろうか。しばらく前にNHKスペシャルでローマ帝国がいかに栄えたか、そしていかに滅びたかを特集していたけれど、期待した割に肩透かしを食らったような内容で、未だになるほどと思えるところまで来ていなかった。

この「ローマ人の物語」は単行本で12巻(15巻?)にも及ぶので、その点については期待できそうだが、塩野七生の著書ということで少々躊躇はした。というのも感想文を書き残していないので、どれを読んだか失念したが、以前読んだ彼女の作品・雑誌への寄稿を読んでみるといつもあまりいい印象を持たなかったからだ。1巻の巻頭にある「著者から読者に当てた長い手紙」について言えば、同じ印象で、それは文章があまり上手ではないことと、読者を見下ろす態度が原因だろう。

しかし、第1巻を読み終えての感想は、このシリーズについては悪くない。壮大なテーマに着実にアプローチする姿勢と読みやすさはかなり評価できる。単純に時系列による構成で、第1代の王からローマ帝国の成立を解説し、1巻では共和政に突入するところまで解説されている。内容もローマ帝国について前提知識の無い一般の読者でも分かるよう書かれていて、他の作品にあるような文章の乱れも少なく理路整然と書かれているので、なるほど、なるほどとすらすら読めていく。難を言えば、1巻の後半は後のローマ帝国について説明するためにギリシア文明について多くのページが割かれている。2巻に進んで見なければわからないが、ここまで必要かどうかは疑問である。まあ、知的好奇心を満たすための歴史解説なので、読み物として楽しめれば良いともいえるが。

さて、本書の対象であるローマ帝国にはほとほと感心する。古代文明なら当然といえる王政、しかしこの王政は世襲制ではないのであるから驚く。王はローマ市民によって投票で選ばれ任期は終身。選挙の仕組みも100人を単位として間接的に投票するところからしても、非常に大統領に近い。2500年も前に現代に近いシステムを確立していたのには驚く。ここで優秀な王が立て続けに輩出されたことでローマ帝国の礎が築かれたと言える。優秀な人材を選び出せるところがローマのシステムが優れた証拠だ。しかし、一方で多くの王は側近によって暗殺されて治世を終える。これがこのシステムの問題点を明らかにしている。つまりは終身制であるが故、暗殺する以外に王を権力の座から追い落とすことができないということだ。王に長い任期を与えられることで、王は長期的政策に打ち込める半面、20年を超える長期政権は他の者の不満を爆発されるに十分なエネルギーを蓄積させてしまう。(2005/09/30)

ローマ史上最大のライバル/ハンニバル

第3巻「ハンニバル戦記(上)」ではシチリア島を巡る現在のチュニジアを拠点とするカルタゴとの戦いに焦点が当たる。ハンニバルの登場は下巻まで待たなければならないようだ。世界史で習う「ポエニ戦役」がこの巻の主題となるわけだが、1巻に比べると面白さがトーンダウンしているように思えた。つまらないわけではないのだが前ほど面白くなくなってしまった。そん中でも、いくつかの面白い発見がある。海軍を持たなかったローマが海運国カルタゴに結成間もない海軍で海戦に勝つこと、その戦いの規模が数万人対数万人であり、万単位の戦死者が出るほどの戦いであることだ。 (2005/11/22)

第4巻「ハンニバル戦記(中)」は、ハンニバル対ローマ帝国の争いに焦点が当たる。ハンニバルが象を連れアルプス越えを行った話は有名だが、ハンニバルがローマ帝国のお膝元、イタリア半島で10年近く暴れまわったことは教科書では知れない事実だ。ここまでいくつかの例外を除き連戦連勝だったローマ軍が完膚なきまでに叩きのめされるのであるが、いずれ負けると分かっていながら読者としての気分はハンニバル応援団だった。それだけ歴史に残る名将ハンニバルの戦の強さは惚れ惚れするものがある。この巻では、主だった戦いでの両軍の激突を事細かに記しているため、戦術解説の感がある。塩野氏は軍事マニアなのだろうかと思ってしまうほどの細かさだ。ハンニバル戦記は次の下巻につながっていくのだが、残念なことにハンニバルが構想した、ローマ同盟の切り崩しは強い同盟関係の前に失敗しつつあり、ハンニバル自身はイタリア半島のブーツの先っぽに追いやられてしまう。 (2005/11/27)

第5巻「ハンニバル戦記(下)」でいよいよローマの反撃が始まる。この巻の主人公はローマの執政官スキピオ。ハンニバルが編み出した機動的な戦術運用をマスターしたスキピオがスペイン、そしてカルタゴ本国でカルタゴと衝突する。カルタゴはハンニバルを呼び戻し、現在のチュニジア近辺のザマで両軍が衝突、教科書にも載っているザマの戦いにつながる訳だが、ここでハンニバルが完全な敗北を喫する。この勝利でローマに対立していたカルタゴがまずローマの軍門に下り、その後ローマはマケドニア、ギリシア世界などを次々に配下に置いて行く。ザマの戦いでもって、ローマがイタリア半島から地中海世界の覇者へと変ったといっていいと思う。カルタゴはその後、ローマに楯突いて結局滅ぼされるまで戦ってしまい、この地上から姿を消した。カルタゴは一時期栄華を極め、そしてハンニバルという名将を抱えたにも関わらず、老獪さがないためにか、あっさりと姿を消してしまったのが印象的だ。 (2005/12/01)

ローマ帝国一のリーダー/ユリウス・カエサル

いよいよ世界帝国となってゆくローマ帝国。そして、それを支える磐石の元老院・執政官を中心とした政治システムだったが、歴史の教訓か、いかなるものも変化なくしては生き残れない。幾人かのリーダーが登場した後、満を持して出てくるのがユリウス・カエサルだ。

カエサル、イコール、「ブルータス、おまえもか」というイメージがあるが、これを読めばそれは彼が残した言葉のうち、それほど大切な言葉ではないことが解る。そして、彼は元老院体制を解体し、ローマ皇帝になろうとした権力欲の強い征服者という漠然としたイメージも正しくなかったことが良く解る。

まず意外なのは、カエサルの開花が非常に遅かったことだ。ここまでのローマの主人公たちが、元老院体制のルールの例外扱いを求めるような若い年頃から頭角を現していたのにも関わらず、カエサルがいよいよ力を発揮するのは40代、50代になってからのことであり、若いうちは借金まみれのダンディな貴族といった風情である。このカエサルが軍隊を率いてガリア平定に向ったところから、カエサルがメキメキと頭角を現し、それ以前のリーダーたちとはレベルの違ったカリスマ性と能力を煌かせることとなる。ちっとも知らなかったことだが、このガリア戦役を綴った「ガリア戦記」はカエサルの手による2000年以上前の書物なのだが、この「ガリア戦記」こそ、カエサルの非凡さを表す証拠となっていると思える。「ガリア戦記」自体を読んだことがないので、塩野氏の記述からの伝聞になってしまうが、「ガリア戦記」の格調高さ、記述の正確さなどはそんじょそこらの書物とは違うそうだ。これは是非読んで見なければなるまい。

カエサルが兵を率いた時のリーダーシップは、数々の言葉に表れているし、補給を戦意の維持にも抜かりがない。これはカエサル個人の技量か、それとも当時のローマ軍の力かわからないが、戦争に技術力を持ち込んだこともガリア戦役では是非記憶しておきたいことだ。河があれば橋を掛け、城に対しては監視等や壕をめぐらせた包囲網でぐるっと取り囲む。それをあっという間に展開してしまうのだ、千数百年の後の敵とも戦えるのではないかと思うほどの組織力だ。

ガリア戦役の後、ローマ内での権力闘争となるが、その頃になるとカエサルの戦術家としての能力が突出してくる。ハンニバル、スキピオによって確立されたと思われた会戦のセオリーをも打ち砕く戦術を苦しい中から編み出してしまうのには本当に脱帽だ。

軍事の天才である上に、今度は稀代の筆の力を持つ。ここに政治的駆け引きのうまさ、内政運営の的確さなどが乗ってくれば、この人物がいかにずば抜けていたかが想像できる。

それに比べるとその当時、当代切っての弁護士であり、元老院を牛耳るキケロは、後世に名前を残すほどの人物にも関わらず、彼の行動はカエサルと対比されると余りに情けなく、器が小さく見えてしまう。

そしてカエサルの掲げた「寛容」はその前後に横行する粛清の悲惨さをひと時忘れさせてくれる、口で言うのは簡単だが、最後まで貫き通すのはとても難しい政策であるが、彼はそれを成し遂げた。

カエサルの時代の最後の方にはクレオパトラが登場する。この本で知る限り、カエサルはクレオパトラの美しさを楽しみつつも、それに惑わされることはなかったようだ。そして、カエサルの死後の政略の失敗でクレオパトラは結局エジプト王朝を滅亡に追いやってしまうことになる。

カエサルの暗殺は元老院体制が骨抜きにされた後に行われたため、実際にはもう時既に遅し。確かにカエサルは皇帝にはならなかったものの、歴史の針はもう元には戻らないところまで来ていた。カエサルが掲げた寛容政策がカエサルを死に追いやったはずなのに、暗殺を結構した政治家達はその結果起こった粛清の嵐によって皆殺されてしまうのは余りに皮肉だ。 (2006/02/08)

ローマ帝国の基盤が盤石に

カエサルの遺言で後継者に指名されたオクタビアヌスは後にローマ初代皇帝となり、アウグストゥスと呼ばれる。どちらも同一人物の名前だったとは。彼は美男子であったけれども、カエサルのように万能のリーダーというわけではなかった。戦に弱いアウグストゥスは、良きパートナー、アグリッパに軍事を任せ、彼自身は政治活動にまい進した。彼が秀でていたのは類稀なる政治力だ。元老院体制を終焉に追いやったのは彼なのだが、実際にそれに元老院の議員たちは気づかぬうちにそれを進めていき、議員たちはそれに賛成していったのだった。読んでいても今ひとつはっきりしなかったが、アウグストゥスは明確に皇帝に即位したことを宣言したわけでもないようで、事実上の絶対権力者であったが、形式的には元老院からその地位をさまざまな役職という形で与えられていたようだ。実際に表舞台に立っているものの、彼の醸し出す空気はまさに政界の黒幕、策士である。

ローマの隆盛を支えた元老院を倒してしまおうというのは、個人の欲望なのかといえば、そうではない。元老院体制がカエサル登場の時期には効率良く機能しなくなってしまったのだ。これはローマの領土の拡大に関係しているように思う。 (2006/04/17)

ローマ皇帝とはいいつつ、実は現代でイメージする王様・皇帝とはどうも立場が違うと思っていたが第20巻の皇帝ネロのエピソードを読んでいてその思いを強くした。アウグストゥス以降の皇帝のうち、カリグラ、ネロはいずれも暗殺されてその治世を終えている。これは古代ローマの王政の時期とまったく同じ形式だ。問題は国家指導者の地位が終身制であり、その政治に不満があった場合、暗殺してその座から取り除く以外に不満の解消の方法がないことだ。特にこれは皇帝が若い場合に起こる。

権力の座から引き摺り下ろす方法が暗殺しかないことを除けば、ローマ皇帝の立場は現在の大統領に非常に近い気がする。内閣に似たものもあるし、元老院との関係は議会との関係に近い。言い換えれば皇帝とはいえど、絶対専制君主という感じではない。

ネロは稀代の暴君として歴史に名を残しているが、この本を読んだ限り、それほどでもなかったようだ。暴君として非難される理由はキリスト教徒の弾圧を行ったこと、妻・母を暗殺したことにあるようだが、一般民衆を弾圧し、恐怖政治を行ったかというと、どうもそうは感じられなかった。特にネロの治世の初期は民衆からの支持は厚かったようだし、民衆受け、元老院受けする政策を実施もしていた。歌手デビューをするなど、皇帝らしからぬ振る舞いが皇帝としての威厳を損なわせたけれども、恐怖の暴君のイメージからは程遠い。暴君のイメージは、キリスト教の価値観からのイメージなのだと思う。あの失策がなければ、ネロの弾圧は、他の皇帝たちのものともさほど変わりはないだろうし、当時としては認められなくもない。むしろ、スッラなどによる反対派の一掃の方がよっぽどの恐怖政治であり、スケールも大きかった。 (2005/04/25)

黄金期を越えて

文庫化がしばらく止まっていたこともあり、ようやく2008年に32巻が出た。今回のシリーズは「迷走する帝国」。3世紀前半のローマ帝国には暗雲が立ちこめてくる。カラカラ帝の時代から何かがおかしくなってきたのである。彼の政策であるローマ市民権を属州民に与えるというものが、後世に与えた影響は著者が言うように極めて大きい。

そして、この時代の皇帝たちはいとも簡単に暗殺されてしまっている。皇帝に対する信頼がなくなって、その地位が威厳のないものになってきてしまっているように思えた。日本の総理大臣の地位も、相次ぐ辞任からその地位の威厳が損なわれ、その間に強い政策が打ち出せない事を思うと、日本が混迷から衰退に向かう予兆と、歴史から暗示されているようで心配である。 (2008/12/14)

33巻、34巻でも引き続きローマ帝国は混迷の度合いを高めて行く。ゲルマン民族の侵攻と西方からのササン朝ペルシャの攻撃との両方が頻繁に発生するために、ローマ帝国が誇った防衛ラインは徐々に崩れる兆候を見せはじめる。パックス・ロマーナと呼ばれた平和なローマ帝国は去り、ローマ市民は略奪を恐れながら生活をしなければならなくなってしまった。経済の基盤が脆くなってくることで、ローマのインフラ整備が遅れがちになり、さらに経済活動を難しくしてしまうという負のスパイラルに陥っていることが手に取るようにわかる。

一方皇帝は皇帝で、以前の威厳を保つことは困難になってしまった。70数年の間に20人以上の皇帝が変わるという事態で、下手をすれば3ヶ月も帝位を維持することができない有様だ。多くの場合、皇帝が側近にさほど重要とは思えない理由によって謀殺されてしまうのだが、それを招くのは次の皇帝を担ぎ上げるプロセスがあまりに安易で、皇帝たるべき人格を備えないものが次々に皇帝になってしまっているからだろう。軍隊と元老院が乖離してしまったこと、そして軍団もローマ世界が一致して次の皇帝を決めるというよりも、前の皇帝が暗殺された直後にその周辺での実力者を選んでいるのに過ぎない。したがって、皆が納得して選ばれたのではない、ある地域のそれなりの実力者が皇帝になっているのだ。

どさくさにまぎれて東西の領土は半独立的な動きを見せるに至る。パルミラ王国やガリア帝国が誕生する。外からの力だけではなく、分裂という恐れも出て来たのだ。

ころころ変わる皇帝の元で、継続的な政策は望むべくもない。栄華を極めたローマ帝国の時代は既に過ぎたことが明確になってくる。その不安な時代に勢力を伸ばしつつあったのがキリスト教だ。 (2009/01/31)

最後の努力(35,36,37巻) 4世紀に入り、混迷の時代の立て直しが図られる。ローマ帝国の防衛線を4人の司令官で地域毎に守る形で、4人の皇帝を配置する四頭制をディオクレティアヌスが導入する。一見この政策は巧く機能するかに見えるのだが、これがローマ帝国のシステムを崩壊させる誘因になっているように思えてならない。防衛線リメスに配置された軍隊から、各皇帝直属の軍隊による機動的な対応は線による防衛を機能させなくなったし、担当範囲が出来た事により、縄張り意識も芽生えてしまった。そして、さらに良くないのは、ディオクレティアヌス引退ののち、結局、それぞれの皇帝同士が内戦を行う結果となってしまったことだ。

最終的に内戦はコンスタンティヌスが勝つことで収まるのだが、彼は現在のトルコのイスタンブールに新都コンスタンティノポリスの建設を開始する。これによりローマはもはや帝国の中心ではなくなってしまった。

コンスタンティヌスはさらにキリスト教への態度を大幅に変更し、ミラノ勅令によって公認に動く。 (2009/10/31)

関連ページ

ガリア戦記 - カエサルが2000年前に書いた書物。

読書感想文 - その他、読書感想文の一覧ページ

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