(Le Corbusier)1887-1965
モダニズムの巨匠の一人と数えられる。 「住宅は(家は)住むための機械である」と主張、「近代建築の5原則」を説く。
本名は、シャルル エドワール ジャンヌレ 独学で建築を学びフランスで活躍。 オーギュスト ペレ(1908年に15か月)やベーレンス(5か月)のアトリエで修行。
連続水平窓が特徴。 「住宅は(家は)住むための機械である」と主張。→サヴォワ邸に反映される。
「近代建築の5原則」とは、ピロティー、独立骨組み、自由な平面、自由なファサード。屋上庭園のこと。
ル コルビュジェの作品
- ラ ロッシュ邸(1923): 白いシンプルな箱型。 (PARIS 16区)(Villa La Roche - Jeannerret) earlier Puristの作品。
サヴォワ邸 - Villa Savoye(1929-1931)
Poissy パリから北西へ40km: 2階建ての四角い箱のような建物 82 rue de Villiers 78300 Poissy France
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スイス学生会館
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ユニテ・ダビタシオン(1952) マルセイユ。日本語に訳すと「住居単位」の意味。 # ロンシャンの教会 1950-1954年の設計。
ロンシャンの礼拝堂
ル コルビュジェの後期の作品。今までの無機質な建築とは対照的にうねる曲線の礼拝堂。
年表
スイス ジュラ地方の山あいの小さな町ラ ショー ド フォンに1887年10月6日 生れ、 14歳で地元の美術学校に入学。 はじめ彫刻、絵画を学ぶ。 1912-1914はラ ショー ド フォン建築学校で教鞭をとる。 1917 アメデ オゼンファンに出会い、「ピュリスム以降」を出版。ピュリスムを提唱。 Purist paintingの実践でPurismを表現。
ル・コルビュジェの建物の多くでピロティーが採用されている。これは彼の都市計画にも共通する。自動車交通を階下または高架にし、また建物の1階部分を地面から切り離すことによって、地表面はすべてオープンになり、歩行者のための空間として自由な活用ができるようになっている。地表面の連続性を保つためにピロティーを使っていると言える。
“When the Cathedral was White”という本を書いたらしい。
簡素でストレートなデザインの理想を追及したので、アールデコのような装飾芸術には同意しなかった。コルビュジェはインテリアデザインで装飾の必要性を否定した最初のデザイナー、Adolf Loosに影響を受けた。 デザインから不必要な装飾を取り払う。 標準化、合理主義の影響を受ける。1925年パリで開かれたDecorative Arts Exhibition に対し反対。L’Esprit NouveauでDecorative Art of Todayを発表。装飾が過剰に なってきている。それによって、品質の低さを隠していると。
大量生産の家具、オブジェクトを支持。
上野の国立西洋美術館の設計。 日本人の3人の弟子がいた。前川国男、坂倉順三、吉阪隆正。
