ラスキン 
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ジョン ラスキン John Ruskin (1818-1900)

ビクトリア朝を代表する美術評論家で社会思想家。 ジョン ラスキンは人工的なルネッサンスを嫌い、中世の雰囲気の残るヴェニスの芸術を愛した。デザインに対する考えは、人間性に基く。作品より作る人との拘りを重視。職工の人間性は機械化により失われてしまった。当時幅をきかせた資本主義、功利主義に反対し、「生命以外に富はない」という根本思想を掲げた。中世復古を唱える。 美術評論の分野で活躍。 オックスフォード大出身。「近代画家論」を著す。 ラファエル前派(Pre-Raphaelites)の後見人。1851年にThe Times紙にラファエル前派を支持する投稿をする。自然主義を評価。Rosseti, Millais, Holman Hunt、John Brett, John William Inchboldを支援した。 Kate Greenawayの友人。

若くして、ターナーに出会う。Modern Painters Iでターナーを評価。 Modern Painters II(1846)でラファエル前派を評価。 文芸評論家としても活躍。スコットランド出身。 画家ホイッスラーとは仲が悪く、法廷で闘っている。 この結果、勝訴するものの、オックスフォード大学スレード講座教授(ade professor of Art at Oxford)の辞職を余儀なくされる。1860年ごろ(1850年代から)から社会改革に傾倒する。

1884年に湖水地方Conistonに移住。創作活動を行い、湖水地方へ鉄道延伸に反対した。 1889年に執筆活動を終え、1900年没。

死後日記が公開された。

夏目漱石三四郎にラスキンが登場する。日本でも明治末から大正にかけて流行。

1819年、ロンドン生まれ。prosperousなwine merchantの子。 1843年、モダン ペインターズの発行を開始、ヴィクトリアン趣味に影響を与える。 1849年、「建築の7つのランプ(The Seven Lamps of Architecture)」を出版。 7つのランプとは、建築を美しくみせる、sacrefice, truth, power, beauty, life, memory, obedienceの7つの基本要素のこと。

1851年、「Pre-Raphaelitism」 1851年、「ヴェニスの石(The stones of Venice)」を出版、これがアーツアンドクラフツ運動に影響を与える。ゴシック精神の賛美。社会的な美の実現を目指す。 1854年、Architecture and Paintings 1856年、Modern Painters III 1857年、Political Economy of Art 1860年、Modern Painters IV 1870年よりオックスフォード大学で講義を開始。 1871年、「フォルクス クラビゲラ」を発行。労働階層の教育を目的。

ラスキンのスケッチはとても細かくディテールまで描かれている。線も細く神経質だったのではないかと思われる。建築物の観察のスケッチが多く、特に教会建築の装飾や、アーチの形状に興味を持っていたようだ。

Conistoneは湖水地方にある小さな湖の湖畔の村で、集落といった程度の小さな村だった。Ruskin Museumは2部屋ほどのとても小さな展示であった。わざわざ尋ねて行くほどのところではない。

美は自然のなかに見出されるべきもの。

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