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きけわだつみのこえ
「きけ わだつみのこえ」という題名はとても有名で、一度は聴いたことがあるだろう。しかし、読んだことがあるかと言われれば読んだ人は少ないのではないか。岩波文庫の棚を見るときにはいつも気にはなっていが、またブックオフで見かけて手することができた。

ご存知の通り、「きけわだつみのこえ」は太平洋戦争に動員され死んで行った若者の手記を集めたものである。ここに集められる前に東大で戦没学生の手記をまとめ「はるかなる山河に」として出版され、その流れを受けて編集されたこともあり、ひきつづき東大出身者の手記が多く収録されている。そしてその編集の段階で日本精神主義的なものは収めない、あるいは収められないという理由もあり、想像していたものとは読んだ時に受ける印象が違った。

まず気がつくことは、どの手記の主も当時のエリート層である。大学卒業前後の若者の文章として見ると、そのインテリ度に驚くと同時に、そういった者たちが南方の最前線に送られことごとく死んで行っていることに衝撃を受ける。逆に、そうでないもっと普通の若者も多くが前線に送られ死んで行ったのだろう。だが、彼らがどんなことを考えていたのか、彼らが考えていたことはここに収録された手記の主たちとは違ったのかは分からない。もしかしたら普通ではない熱狂の状態だったのかもしれないが、ここに書かれている文章はそんな時代にも極めて冷静である。太平洋戦争へなだれ込んで行く時、日本は絶対に負けないと誰もが思い込んでいたのだろうと思っていたが、戦争初期の段階で勝てないことは重々承知している様子が伺い知れる。そして、戦争への動きを止められなかった世の中を批判する声さえある。戦争の渦に飲み込まれる時、もう一人一人の力ではどうにもならないということが痛切に感じられる。戦争はその兆候の時点で食い止めなければならないのだ。

こうして戦争には多くの者が反対をしていながら、この戦いには負けることを分かっていながら、みんな武器を持ち戦地へ赴く。徴兵を拒否できないことも大きな理由なのだろうが、愛する人々、そして政府や国体ではない「祖国」というもののために赴くと何人のものが言っている。祖国と国家の違いは今ひとつ飲み込めないのだが、いつか分かるようになるのだろうか。

もう1つ気になったことは、敵国を憎む記述がほとんど見られないことだ。戦争をしているだから相手を殺さなければならない。だが憎しみをもって戦っているわけではない。アメリカ憎しというわけでもなく、むしろアメリカの文化に親しんできた様子も伺える。一方でここには書かれていないが、戦争を遂行する軍部は窮状を打破するために手を打つのであるが、それは「この拠点が落ちることは絶対許されないから死守しなければならない」といったような思考で部隊を突入させるのである。前線の兵はお互いに命令されたから目前の「敵」を殺すために戦う。あまりに悲痛な状況である。

初期の手記には、軍隊の矛盾が多く記されている。上官による部下に対する虐待は軍の中のあらゆるところで行われていたようだし、戦ってもいない場所で精神的、肉体的苦痛を毎日受け続けるというのはなんということなのだろう。あまりに病んだ組織にぞっとする。そして昇進の試験などは精神的な文章の暗唱だったり、あまりに非合理的なことに驚く。戦争に勝つ、あるいは最善の結果を出そうというのであれば精神論は排し目的達成のための合理的判断に100%頼らなければならないのに、この時点でつまずいている。

戦争も終盤に近づくと、特攻隊員の手記が並ぶようになる。死を恐れる記述は少なく、ある種の落ち着いた感情が読み取れるのだが、「死ね」という命令が出される状況は異常である。それに従わなければならないというのも不条理だ。アメリカの立場で特攻隊を見ると、防ぐことが非常に難しい困った敵なのである。今で言う自爆テロに近い。軍部の立場でみれば、物資・兵器が限られた中、もっとも効果的に反撃をする方法として特攻を考えつくことは良くわかる。しかし、そんな命令が出される異常性を感じられずにはいられない。手記からは避けられない運命を受け入れるという気持ちが見て取れるのだが、これは本当に運命なのだろうか。矛盾である。

最後の手記は終戦後、戦犯として捕えられシンガポールで死刑になった京大生の手記で終わる。手記に偽りはなく彼自身にはそこまでの罪はなかったのだろうと思わせる文章だが、日本全体としてこの戦争負った罪を彼が負うという受け入れ方をしている。最後に気になった一節を引用しておく。

……苦情をいうなら、敗戦と判っていながらこの戦を起した軍部に持って行くより仕方がない。しかしまた、更に考えを致せば、満州事変以来の軍部の行動を許して来た全日本国民にその遠い責任があることを知らねばならない。

   我が国民は今や大きな反省をなしつつあるだろうと思う。その反省が、今の逆境が、将来の明るい日本のために大きな役割を果たすであろう。それを見得ずして死ぬのは残念であるが致し方ない。日本はあらゆる面において、社会的、歴史的、政治的、思想的、人道的の試練と発達とが足らなかった。万事に我が他より勝れたりと考えさせた我々の指導者、ただそれらの指導者の存在を許して来た日本国民の頭脳に責任があった。

かつてのことき、我に都合の悪しきもの、意に添わぬものは凡て悪なりとして、ただ武力をもって排斥せんとした態度の行き着くべき結果は明白になった。今こそ凡ての武力腕力を捨てて、あらゆるものを正しく認識し、吟味し、価値判断することが必要なのである。これが真の発展を我が国に来す所以の道である。

(2007/06/06)

きけ わだつみのこえ
1982年7月16日 第1刷
1990年5月25日 第21刷
編者 日本戦没学生記念会
岩波文庫








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